株式会社リオ・ルーア

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中央区銀座7-13-2 パインビル1f
平日11:00-19:00 土曜日11:00-18:00 ※定休日:日曜日・祝祭日

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CONCEPT

10年以上カラーストンの宝庫ブラジルで宝石商の経験を積んだオーナーの立ち上げたブラジル産宝石を中心としたユニークなジュエリーショップ宝石学だけでなくジュエリーデザイナーとしても長年の経験のあるオーナー自ら描くデザインには定評がある。また、世界各地より買い付けされたユニークなゴールド/シルバージュエリーも楽しめる。

GREETING

社長挨拶

後藤 司右一

ジュエリーデザイナー/画家/ブラジル産カラーストンのスペシャリスト

略歴:1964年生。
玉川学園高等部卒/全国宝石学協会志田ゼミカラーストン修了。1983年渡伯/

サンパウロGem export do Brasil 社にてエメラルド原石買い付け及び販売の経験を積む1983~1986

BRASIL/ Sao paulo fundacao armando alvares pentiado 大学美術科/1986~1988

ヒコみずのジュエリーカレッジ/キャリアカレッジデザイン科卒/1999

 

カラーストンをもっと身近にお洒落に使って貰いたいをコンセプトにブラジル産のカラーストンをメインにオリジナルデザインを中心に海外セレクト品も扱うカジュアルな雰囲気のジュエリーショップを経営。近年はモダンデザインのリーズナブルなセミジュエリーも大好評

常に新しいデザインを積極的に追い求めるデザイナー。お客様の目の前であっという間に描き上げるスピードデザインにはとても定評がある。 また、宝石学のスペシャリストであり特にブラジル産カラーストンに精通 している。

ブラジルサンパウロでの修業時代

1983年10月  単身で日本を飛び出しサンパウロにあるエメラルド研磨会社GEM EXPORT DO BRASIL という会社で宝石の修業が始まりました。その会社は若き日本人の社長が経営する会社でエメラルドの研磨工場と小売店を持っていました。最初は社長の家に住み込みで車の運転手や社長の鞄持ち等24時間色々な事を叩き込まれました。
日本を発つ前の半年間、全国宝石学協会で宝石鑑別の勉強をしたりポルトガル語の先生に付き必死で勉強してきたつもりでしたがハイパーインフレのブラジルでは覚えたての数字すら桁が多すぎて全く役に立たず小さなノートに毎日生活に必要な言葉を沢山書き込み言葉を必死で覚えて行きました。社長からはお前は2年以内に言葉を覚えられない時は首だ!と言われていました。社内にブラジル人社員が50名ほどいて唯一日系2世のデザイナーが言葉を覚える手助けをしてくれました。

しかし、ネットも無かったこの時代国際電話は非常に高額でホームシックになり日本の家族や友人に手紙を良く書いていましたがその返事が一体いつ来るのかは人工衛星を火星に飛ばす様な感覚でした。辛い日はぼんやりとアパートの隙間から見える抜けるような青空を見上げあーこの空は遠い日本まで続いているんだなー?と思ったりしていました。

最初は友人も出来ず住み込みの女中さんが作る食事も喉を通らず慣れない仕事に言葉も通じない苦しさ等、四面楚歌の人生で一番辛い時期だったかもしれません。1年後にはげっそり痩せて20歳の若さで胃潰瘍が2つも出来ていました。
しかし、今となってはそれも良い思い出 昔の人は 若いうちの苦労は買ってでもしろ! と言うのは本当に実感し感謝しています。

ブラジルに渡る前の自分は生意気で根拠もないのに変に自信満々だった性格がこうした修業を通して徹底的にぺしゃんこにされた後、何とか歯を食い縛って這い上がって来たのは貴重な経験でした。そして、沢山のブラジル人の友人からは社交性アミーゴの精神も学びました。

さて、当時の仕事は社長と山の中のエメラルド鉱山に入りガリンペイロと呼ばれる屈強な男達と選別したばかりの原石を吹っ掛けられたとんでもない値段を適正価格で何とか購入する交渉を良くしていました。山にも何回も行きましたがそのうちガリンペイロは原石を持ってサンパウロに売りに来るようになりました。

さて、言葉がある程度出来るようになると仕事の後、夕方から現地のFAAP美術大学に通う事になりアクリル画を描きだしました。この頃から同時に現地の公募展などにも積極的に出品して入選や賞を貰うようになりました。

一方休みの日には釣り仲間と釣りに行けるほどブラジル生活を楽しめるようになりました。
この会社には4年程お世話になりその後現地サンパウロで小さなジュエリーの会社GO to GEMを作りビジネスをスタートしました。

当時は日本はバルブ経済で沸いていたころで半年後に日本に一時帰国した際、初めてブラジルのエメラルドを日本の三分の一ほどの価格で紹介すると100本のエメラルドはあっという間に完売した経験をしその後、1988年に横浜市青葉区に小さな店舗/事務所リオジョワレイロスを開店しました。

当時の宝石店の入り口は大理石作りの立派なエントランス残念ながら現在は閉店しています...

サンパウロの一番の高層のイタリアビルこの8階に研磨工場と事務所が在りました。

当時の仲間たちドイツ系、ポルトガル系、ペルー系、日系等様々な人種の和気あいあいな会社でした。

当時の同僚ドイツ系3世のヒシャードは2mの長身だった因みに私は178cmありますが...(笑)

  社長とエメラルド鉱山を視察に行きウインチで地下200m程の鉱区に入った所、物凄い湿度の中12時間交代で穴を掘っています。時々崩れるそうで非常に怖かったです...幾つかの原石を掘らして貰いました。         

ミナス州テオフィロト-ニと言う宝石の集散地でアクアマリンの巨大な原石を持たせて貰いにました。素晴らしい透明度でした。

バイア州ソコト鉱山周辺
原石が入っていそうな岩盤を洗い石と原石に振り分けています

鉱区から戻り採掘した原石を見てもらうとこれは中々綺麗な石だから上げられないな!と現場監督に言われてもう一つの原石なら透明度があまりなから記念に持って帰っていいよ!と言われました。

この井戸の様な所にワイヤーのウインチが取り付けて有り鉱区に降りる事が出来ます。

最初は80m更にそこから100m程下がります

鉱区の下から入り口付近を見上げています。日本から来た同行者の方がゆっくり降りてきました。

エメラルドの原石は乾燥に弱い為ベビーオイル等に浸してあり乾燥を防いでいます。選別をする際はこのように電灯の傘の縁に原石を当てて中の様子を観察します。

鉱山には粗末な掘っ立て小屋が立ち並び採掘人はそこで生活をしています。女性は地上には居ますが災いが起きると信じられ穴の中は女人禁制と言われています。

ミナス州テイフィロトーニという小さな町がブラジルの宝石の集散地この日は町で一番成功したレバノン難民だったカリオエラワ氏の会社で素晴らしい裸石のコレクションを拝見。皆様溜息ばかりでした..

こちらもエラワ氏の自慢のカラーストンコレクション
クンツイト、アクアマリン、トルマリン、バイカラー等など

日中は仕事夕方からFAAPと言う美大に通いました。この写真は初出品したサロンブンキョウと呼ばれるサンパウロで権威ある日系公募展で入賞した時のもの

ブラジル生活も3年程経つと大好きな釣り仲間も出来サンパウロから700kmもあるパラナ川で黄金の魚ドラド釣りをしました。この時は著名な作家 醍醐麻沙夫氏が案内役で日本からたまたま釣りに来た古門君と同行出来ましたが私は釣れず微妙な表情です(笑)彼とは未だに親交が続きます。

COMPANY

会社概要

株式会社リオルーア  /Rio Lua co.ltd

株式会社リオルーア /Rio Lua co.ltd

電話番号
FAX番号
03-3546-7110
所在地
〒104-0061
東京都中央区銀座 7-13-2パインビル1f リオルーア内
創業
昭和63年 / since 1988
資本金
1,000万円 / capital ¥ 10.000.000
代表者
後藤 司右一 / Shuichi Gotoh
業務内容
オリジナルハンドメイドジュエリーの輸入販売、および制作販売/original custom jewellry and imported jewellry
also repair and remodel jewellry
主要取り扱い品目
貴石半貴石リング、ペンダント、ブレス、イヤリング、ネックレス/precious and semi precious stones ring /pendent /bracelet/ earring and necklace also silver jewellry with stone
取引銀行
みずほ銀行町田支店
三井住友銀行銀座支店
日本政策金融公庫東京中央支店
サンパウロ事務所
rua alves gimaraes 408 apt 134 jd.america sao paulo brasil
cep 05410-000 TEL: 011-3081-5347

HISTORY

沿革

沿革

1964年
日本画家(院展)、水墨画家の父、和信の長男として生まれる。
幼少期より父親から美術の指導を受ける。
1983年
全国宝石学協会鑑別特別プログラム志田ゼミカラーストン修了。その後、単身ブラジルサンパウロに渡りGem Export do Brasil 社にてエメラルドの原石買い付け及び販売の修業をする。また、社内専属デザイナーのアシスタントも勤めジュエリーデザインに興味を持つ。
1987年
現地サンパウロにて独立、Go to Gem を立ち上げエメラルドを中心としたビジネスを始める。

サンパウロで権威ある美術公募展 サロン日伯文化協会展 にて入賞。
サントス 第16回 salao de arte jovem primeira mao
にてCasa Branco 賞受賞
1988年
サンパウロ サロン日伯文化協会展にて入賞、またこの年に横浜市青葉区に株式会社リオジョアレイロスを設立 ブラジルの宝石、原石、民芸品などを販売、この当時はエメラルドを中心に扱う(当時の日本のエメラルドの相場の三分の一の価格で販売し、評判になる)
1989年
サンパウロ 日伯文化協会展にて新人賞受賞、この年から既製品の枠を使用していたデザインに疑問を抱き、オリジナルジュエリーの展開に踏み出す。
1990年
サンパウロ 日伯文化協会展にて入賞
1991年
有楽町交通会館ゴールドサロンにて初の個展開催、サンパウロ日系移民80周年記念展にて入選
1992年
サンパウロ 日伯文化協会展にて入賞
1993年
サンパウロ 日伯文化協会展にて入選
1994年
京橋麓雄画廊にて父 和信と親子展開催
1995年
IJT国際宝飾展にブラジルブースとしてRENIS社と初共同出店
1996年
国際墨絵協会 神奈川県知事賞受賞
1997年
ジュエリーデザインの更なるスキルアップのためにヒコみずのジュエリーカレッジキャリアデザイン科に入学-1999年卒業
1997年
銀座7丁目 に移転、より親しみやすい名前にと会社名も株式会社リオジョアレイロスより株式会社 リオルーア に変更
1998年
東京芸術劇場ギャラリーにて国際墨絵協会大賞受賞
2007年
IJT国際宝飾展 デザイナークラフトマンコーナー 出店
2008年
貴石、半貴石、パール等の高級素材を使用したオリジナルビーズジュエリー製作販売強化好評を得る。
2009年
ジュエリーリフォーム、オーダーメイドの販売強化
2010年
イスラエルダイヤモンドの販売強化。ブライダル等様々なダイヤの需要に対応
2011年
現在はブラジルは基よりインド、イスラエル、香港等幅広く仕入れルートを持ち日々更なるデザインの向上に努めている。




10月 ケアフレンズ長野(善光寺前)のチャリティーバザーに出店 売り上げの一部を寄付させて頂きました。
2012年
昨年に続き10月に行われたケアフレンズ長野のチャリティーバザーに出店 売り上げの一部を寄付させて頂きました。
2020年11月
27年ぶりに銀座 ギャラリーSIACCAにて宝石の原石をイメージした抽象画個展
「宝石の歌」を開催 コロナ禍の厳しい状況の中 画廊始まって以来の大盛況ぶりとなる。
2022年6月
ニューヨーク ソーホー地区TENRY ギャラリー で6/7-6/18に開催された【SJACC国際展】に日本から選抜参加

6/20-6/25 【Cool Japan Movement展】 ニューヨークブロードウエイ ギャラリーMAX
初参加
2023年2月
NAU21世紀美術連立展 国立新美術館にて united corals 100号 発表
2023年4月
個展 宝石の原石をテーマにした「宝石の歌 第二章」銀座ギャラリーSIACCAにて開催

ATMOSPHERE

店内の雰囲気

営業時間 11:00〜19:00(土曜は〜18:00) 定休日 日曜*祝日

open       11:00〜19:00(Saturday〜18:00) close/ Sunday*holiday

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